喜熨斗勝(きのしまさる)さん歌舞伎研究家が解説



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浅草は市川猿之助ファミリーがお練り2

 

香川照之が継ぐ8代目市川中車とは?

 

市川猿之助家家系図を使って

 

喜熨斗勝(きのしまさる)さん歌舞伎研究家が解説

 

 

詳細は続きから

喜熨斗勝(きのしまさる)さん歌舞伎研究家
:二代目市川猿之助のおい
 自身も市川勝の名で初舞台を踏む

 

喜熨斗「身内なのにこんなこといっちゃあなんですが
    なかなかかわいいね」

 

一同笑

 

設楽「人前で堂々とね」

 

喜熨斗「素質あるんですね」

 

 

市川猿之助家家系図

 

 

Q香川照之が継ぐ8代目市川中車さんはどんな人だった?

 

 

2代目猿之助さんの弟が8代目市川中車

 

猿之助さんと、中車で兄弟で活躍していた

 

中車さんは経歴が変わっていて

 

その当時は「役者に学問はいらないんだ」というころだったが

 

進んで学校に行き

 

学問を取り入れたことにより理論的な芸風を持った人。

 

 

 

Q2年前に中車や團子を復活させたいという手紙をもらっていた?

 

具体的な名前ではなかったが、
襲名させなきゃいけない名前がいくつか残っていて
誰に襲名させるか考えていますと
具体的になった時には又相談させてくださいという手紙だった

 

 

喜熨斗「私は歌舞伎界のことはあなたがわかってやっていることですから
    どうぞ自分で自由におやりくださいと申し上げました。」

 

 

香川さんは46歳で歌舞伎へ

 

設楽「どういうところが難しいんですかね」

 

喜熨斗「これは大変でしょうね
    演技者で幅広いキャリアを持っているので
    舞台に上がってからのことは心配ないですが

 

 

    歌舞伎界独特のお約束事、雰囲気
    古い形による表現の仕方、
    46歳という歳で入って来られるというのは
    ご自身が大変苦労なさると思います。」

 

千秋「普通の方は幼い時から、40年以上のブランクということですね」

 

設楽「通常はどのくらいからはじめるものなんですか?」

 

喜熨斗「3歳ぐらいから」

 

設楽「幼い時から型などを体に染み込ませるというか」
   それを46歳から。大変ですね」

 

喜熨斗「それは市川一門全員でささえていかなきゃいけないところですね」

 

 

【香川照之が感じる重圧歌舞伎界で通用する?】

 

香川照之が歌舞伎界に入った理由とは?

 

香川照之「この船に乗らないわけにはいかないんです僕は
     それが僕の人生だと決めておりました」

 

去年9月歌舞伎界入りを表明した香川照之

 

会見で父猿之助さんと寄り添う姿が印象的だった
しかしここまで45年の歳月がかかった。

 

【父・猿之助の裏切り・・・初恋の相手を追い離婚】

 

香川さんの父親は
スーパー歌舞伎「ヤマトタケル」という新ジャンルを生み出し
歌舞伎界の異端児と呼ばれた三代目市川猿之助さん

 

母は女優浜木綿子さん

 

香川が1歳のとき父猿之助が家庭を捨て出て行った
猿之助さんの心にはある人の存在があった。
16歳年上の
「日本舞踊の紫家藤間流家元、藤間 紫さん」

 

猿之助さんにとって紫さんは初恋の相手だった。

 

出会いは12歳のとき。その時すでに紫さんは28才で夫がいた
紫の夫は藤間勘十郎さん
猿之助さんの踊りの師匠でもあった。
初恋は禁断の恋だった

 

25歳で浜木綿子と結婚
長男(香川照之)誕生

 

初恋が忘れられず
紫さんとの同居を始めた

 

その後ダブル不倫と騒がれる中
香川さん3歳の時、正式に離婚。

 

紫さんも離婚し
猿之助さんと紫さんは事実婚の状態に

 

女手一つで育てられた香川さん
1984年現役で東京大学合格

 

大学卒業後 役者の道へ

 

25歳の時ある決意を胸に静岡に
実の父猿之助に会いに行った

 

当時の香川インタビュー
「この世に授けてくれてありがとう」とどうしても言いたかった
 24年間彼としゃべったこともないし
 会ったこともなかったので」

 

涙が止まらなかった香川さんに

 

猿之助さんは
「あなたは息子ではありません
 したがって僕は父でもない
 今後2度と会わない
 少しでも精進して
 一人前の男になっていきなさい」

 

親子の縁を改めてたたれた

 

香川「普通息子と親が24年ぶりに会ったら
   よく来たねの一言でもあると思うんですが

 

   僕は父の部分を求めて会いに行ったので
   その部分が得られなかったことが
   非常に悲しかった」

 

その後香川さんは役者の道を躍進していき結婚

 

 

紫さんと猿之助さんは2000年に再婚
出会ってから50年近い月日がたっていた

 

当時2001年7月市川猿之助(当時61歳)インタビュー
「お互いどんなに信頼していても
 死後は意思が通じない
 どっちかが残るわけだから
 その時意思を通すには
 籍が入っていないといろんなことが言えない
 終着駅を目指したとき入籍は必要」

 

藤間紫(当時78歳)
「人にやさしくはしてあげたけど
 優しくされたことはあまりなかったから嬉しかったです」

 

結婚から3年後
2003年猿之助さんは脳梗塞で倒れ闘病生活へ

 

香川さんは2004年長男政明誕生

 

父猿之助さんの本名は喜熨斗政彦(きのしまさひこ)
喜熨斗家の長男には代々「政」(まつりごとの意味)が使われている。

 

香川さんは「息子だけでも歌舞伎の世界へ」という
思いが昔からあり、自分には与えられなかった「政」の字を長男につけた。

 

紫さんは「もういいんじゃない?」と猿之助さんに語り

 

その後親子の関係修復に奔走したという。

 

2009年藤間紫死去(享年85歳)肝不全だった。

 

香川さんは親族席に座り別れを告げた

 

そして去年9月
香川「僕がやはり立ち上がらなければいけない
   という思いを一番強くしました」

 

香川照之歌舞伎界へ決意。

 

続く

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